虚妄の烏

日本酒と近現代史と食生活史と近代日本文学が好きな60代。男か女か分からないと人には言われるが、どっちでも好きなように捉えて呉れれば良いと思っている。

2020年06月

結構こういう会社多いと思う

・・・と、言うか、自分の「企業観」は、これそのものだ。
中小零細企業なんて、どこもこんなもんだ。
それなのに、コロナ感染者が他国に比べて少ないのは、民度が高いのではなく、単に検査総数が少ないだけだろう。

こういう話を連れ合いにしても「そんな会社、そんなにないだろう」と相手にしてくれないが、彼の場合はたまたま運が良かっただけである。
大多数の中小零細企業の実態は、こんなものである。
  ↓

面白そうな本

・・・を入手した。
『文豪の悪態~皮肉・怒り・嘆きのスゴイ語彙力~/山口謡司』。
自分は、日本近代文学が好きだが、その文豪たちの罵る言葉ばかりが寄せ集めてある。
「青鯖が空に浮んだような顔をしやがって(中原中也から太宰治へ)」とか。
言葉で生きている人たちだから、悪態をつくのも文学的である。
「青鯖が空に浮んだような」って、どんな顔だろう。
これに対する太宰治の言葉が「蛞蝓(なめくじ)みたいにてらてらした奴で、とてもつきあえた代物ではない」。
蛞蝓は確かにてらてらしているが、そういう奴って、一体・・・?

永井荷風が菊池寛を嫌っていたのは有名な話で、ここに書きたくても漢字の読み方が分からなくて書けないような字を使って「とても付き合えない」という意味のことを書いている(辞書まで持ってきて調べたのに載っていない)。

趣味が悪いとの誹りは免れないが、こういうの、大好きなのだ。
人間臭さが感じられて、いいじゃないか。

くら寿司

今日の昼は、くら寿司へ行く。
だから、又しても朝は抜き。
腹具合が気になるから、どうしてもそうなる。
厄介な腹だ。

100円寿司だと、皿の色を気にせず食べられるのが良い。
そこそこ旨いので、尚良い。
庶民なら、それで充分だ。

それにしても、お腹大丈夫かな。

故郷を出て50年

9歳の時に大牟田を離れたので、今年で50年になる。
確か、夏休み明けから新しい学校に転校したような覚えがある。
東海市の小学校で、校舎はキレイだった。
当時、最先端を行っていたと思う(大牟田の小学校は木造校舎だった)。
給食も、給食センターが作ったものが運ばれてきていた。
メニューも豪華だった。デザートにアイスクリームだか何だかが出た。

後に、名古屋市の小学校へ転校したら、校舎は汚いは、給食はショボいは。
おまけに、中学には給食がなかった(今、あるのかどうかは知らない)。
名古屋って、シケてるなあ、と思ったものだ。

まだ米飯給食ではなかった。そのことについて確か国会で議論していたような記憶が。

大牟田には、嫌な思い出も多いが、今となっては懐かしい。
何度か帰ってみたが、次第に知り合いも減り、級友の名前も忘れ、景色もすっかり変わっている。
50年後に、自分が三重県に居るなんて、考えもつかなかった頃。
貧乏だったな。
おふくろがよく言ってた。
「もしずっと大牟田に居ったら、あんた達に辞書の一冊も買うてやられんやった」。
多分、そうだな。
自分も新聞配達でもして、高校は通信制か定時制だったろうな。

50年前に時を戻して、思うことである。

暑苦しい

マスクが暑苦しい季節になってきた。
ちょっとした買い物程度しか外へ出ないが、その時にはマスク必携。
「マスク警察」の皆様が怖いから。

しかし、ふと周りを見渡すと、フードコートでは対面で座って食事していたりするので、三重県ではそれほど気にする必要はないのかな、とも思う。
桑名市には、名古屋へ通勤・通学している人が多いが、今の所、名古屋ですら感染者は出ていない。

マスク警察が怖いから、嵌めてるだけみたいな感じ。
日本人の、そういうところ、戦時中と全く変わっていないと思う。

    ー 贅沢は、敵だ! ー

と、言う訳で、涼感マスクが人気だ。
どうせ付け続けているのなら、快適な方が良い。

しかし、最早マスクは、おしゃれアイテムと化している。
皆、思い思いに、色んな素材の布で作っておられる。
そういうのを見る度に、これ効果あるんかなあ、と訝ってしまう。

必需品となってしまったマスク。
「新しい生活様式」って、暑苦しいんだな。

きょうの猫村さん

そういう漫画がネットに載っていて、それが実写ドラマ化されている。
猫なのに、家政婦。
人間に混じって、働いている猫さん。
銀行口座だって、持ってるぞ。
「きょうの猫村さん/ほし よりこ」。

その、実写化された猫村さんを演じているのが、我らが松重豊さん!
身体が大きいのに、やることが猫そのもの。
怒ると、そこいらへんのもので爪を研ぐ。
先日の回では、魚屋の前に置いてある発泡スチロールの箱で爪を研いでいた。
おうちで、飼っておられるそうなので、猫の動作は堂に入ったもの。
父親役を演じることが多い人なので、猫なんて演じられると、ギャップがものすごい。

憎たらしいけど可愛い猫たちを見たせいで、そのドラマを思い出した。
ああ、そうすると、あのテーマ曲が、ほらまた脳内エンドレス再生開始。
これ、しばらく続くんだよな。
♫おりょうり、おそうじ、おせんたく♫

誰か助けて。

野良猫

近所には、数匹の野良猫が居る。
いつぞやは、生ゴミを置いておくバケツの臭いをかぎつけたか、子猫が沢山居た。
そして、親猫の姿も。

それからもう一年ぐらい経つだろうか。
今朝、窓を開けたら、やはり子猫が五匹、親猫が一匹。
子猫が、庭木の間を駆けずり回って遊んでいる。

ああ、可愛いなあ。
飼いたいなあ。

でも、飼うと家の中めちゃくちゃにされるしなあ。
世話も出来そうにないし。

近所の誰も保護しないから、野良猫は増える一方だ。
何とかしないと、地域一帯、猫だらけになってしまう。
どうしたものか。

母よ貴女は強かった

誕生日、と言うと、どうしても本人が生まれた日という意識になってしまうが。

厳密に言えば、母が自分を生んだ日なのだ。

つまり、母が、妻から母に変化したのが、子どもを生んだ日なのだ。
自分は経験していないから分からないが、子どもを生むというのは、相当大変らしい。
ドラマや映画なんかで出産シーンを見てると、一様に「産みの苦しみ」を表現している。
相当、つらそうだ。

そのつらい作業を、多くの女達が、今までも営んで来たし、今もやっているし、これからも行うのだ。
男にはどうしても分からない世界が、そこにある。

自分と妹を生んでからは、病気がちだった亡母。
バセドウ氏病と、心臓疾患だった。
そういう身体で、生んでくれたのだ。
育てられ方はめちゃくちゃだったけれど、妹と二人「ちゃんと育ったよね、お互いにね」と言い合ったことがある。
そう、取り敢えず、誰にも大きな迷惑はかけていないつもり。
犯罪行為にも走っていない。
ただちょっと、自分は精神的におかしいけれど。

5月の第二日曜日が「母の日」だとされているが、正式には、その女性が子どもを生んだ日が、本当の意味での「母の日」ではなかろうか。
自分を生んでくれた人が居て、連れ合いを生んでくれた人が居て。
ここまで連綿とつながってきた縁を、自分の代で切るのは、いささか心苦しいことではあるが、これはもう、仕方がないので、亡母に向かって合掌する。

生んでくれて、ありがとう、と。

もうすぐ59歳

今度の日曜日が、誕生日だ。
59歳になる。
いよいよ還暦に向かって、崖っぷち。

連れ合いが、祝ってくれる。
ランチをおごってくれる。
腹を壊すといけないので、朝食は抜く。

朝食の支度をしなくていいなんて、すごく楽。
毎日、朝だけはと思い、わりとがっつり食べているので。
(自分の場合、これがメインの食事)。

仕事で、少しは利益が出ているらしい連れ合い。
今日は、甘えてしまおう。
持続化給付金も貰っているし(これを巡って、今、大騒ぎだな)。

今日は、ゴミ当番の日だ。
5時になったら、ゴミ捨てがてら、箱を作りに行こう。

Happy Birthday To Me.

酒は減ったけど

・・・ゼロということには、なかなか出来ない。
つい、ネットスーパーで発泡酒350ml二缶頼んでしまう。
このぐらいなら、いいのかも知れないが、やはり止められるものなら止めたい。

「今度、今度」と、先延ばしにしている。
悪い癖。

では、いつ止めるか。
今でしょう。
・・・古いね。

一時期、本当に止めていたのだが。
家に居るようになって、いつの間にかまた呑むようになって、量も増えた。
ダイエットしたいのに、出来ない有様。

甘いものも、あまり食べたくないしなあ。
だから、食べない。
酒を減らした分、コーヒーにシフト。
インスタントを、4~5杯は飲んでいる。

今日は、リアルに買い物に行くが、発泡酒買うの我慢出来るかな。
500ml一缶にしとくかな。

・・・自制が聞かないような気がする。
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