虚妄の烏

日本酒と近現代史と食生活史と近代日本文学が好きな60代。男か女か分からないと人には言われるが、どっちでも好きなように捉えて呉れれば良いと思っている。

2020年09月

今度の年始は泊り旅行?

毎年、1月2日は連れ合いの実家で過ごす習わしだが、義父の体調があまり良くないのと、義母が(要らないのに)大量に料理をするのでいい加減疲れているということで、義弟の発案で一泊旅行することに。
一族郎党揃って。
行き先は高山だそうな。
もう予約してあるそうな。

勝手にやるなよ。

義実家へ行くのは苦手で、うちは近距離だから泊まらずに済んでいるのに、今年は泊まりだよ。
料理をしなくても良いのは助かるが。

その代わり、年末に我が家に来てもらうのは、なし。
泊まりが続くと、両親には負担が大きいだろうから。
洗濯物が大量に出るし。

便失禁対策、どうするかな。
話してはあるが、分かってはもらっていないと思うので(誰に話しても分かってはもらえない)、兎に角食事をしないことだ。目の前に並んでも、食べないことだ。

朝も、困るな。
毎晩、朝すごく早く起きるので。
連れ合いが居るから、電気もつけられないし。

自分はことごとく、世の中と合わない。

面白い統計

半沢直樹効果だそうな。
   ↓

エキストラをやりたい

近頃は、どこにでも、フィルムコミッションというものがある。
当地、桑名にもある。
これのエキストラに応募したいと思っている。
連れ合いに話したら、多分反対するだろうけど、やってみたいのだ。

桑名市には、六華苑という建物がある。
昔の金持ちの豪邸である。
入館料をなにがしか払えば、見学できる。
この建物と日本庭園が、結構色々な映画やドラマで使われる。
「スパイ・ゾルゲ」とか「いだてん」とか。

昔から映画が好きで、エキストラをやりたいと思っていたが、丁度募集中だというので、思い切って応募してみようかと思っている。ボランティアだから、やりたければどうぞという感じで、見返りは何もないが、映画製作の現場を見てみたい。ちなみに、演劇等の経験は全く無い。

「繊細さんの本」に、背中を押されたかな。

こんなのまだあるのか

新卒で就職した際に受けた研修が、こういうのだった。
これに耐えきれず、同期がガサッと辞めていった。
自分は逃げ遅れて、2年半その会社に勤務したが、最終的にクビになった。
ああ、この経験さえなければ、こんなにこころを壊すことはなかったのに、と今でも思う。
そういう、所謂「ブラック研修」。
今でもあるなんて、この世は地獄かよ。
   ↓


虚構でスカッと

ドラマ「半沢直樹」が終わった。

古い作品を無理やり現代に置き換えているので、所々「時代に合ってない」感は拭えなかったが、香川照之の顔芸と台詞回し、堺雅人の豪快な怒鳴り声に、スカッとした人は多そうだ。

テレビドラマでここまでやるなんて、すごい。
もう、こんなドラマは出てこないだろう。

自分も、気に入らない相手に、ああやって怒鳴ってみたいものだ。

ドラマ「恐怖新聞」

一応観ている。

原作は、名作の誉れ高い漫画「恐怖新聞/つのだじろう」だが、現代に置き換えてあり、設定が異なっているので、別物と考えるべき。
ただ、読むと100日寿命が縮んで最後には死ぬ、という設定だけは変わらない。

子どもの頃、そろばん塾にチャンピオンが置いてあったので、それで拾い読みした。
ラストが悲劇的なことだけ覚えている。

ドラマ版も、是非ラストは悲劇的なものにしてほしい。
そうでないと、つまらない。
ハリウッド映画じゃないんだから。

「繊細さんの本」でも読めば楽になれるかな

これ、自分にズバリ当てはまる。
周りの楽しい雰囲気を壊すのが嫌で、人の輪に入れない。
相手の顔色ばかり伺って、何も言えない。
人様を不愉快にする(実際、昔、ネットでそうだった)のが怖いので、SNSなんて出来ない。
誰かとつながるのが、ひどく恐ろしい。

相手の気持が、読めてしまうのだ。
ああ、今、この人は自分のことを不愉快だと思っている、と。
だったら、離れるほうが良いので、結果、友達が出来ない。
自分には、知り合いと呼べる人なら居るが、所謂「友達」は居ない。
こっちがそう思っていても、相手様はそう思っていないという状態。

だから、幸せに死ねるとは思っていない。
孤独死の挙げ句無縁仏になるのは必至。
たまに、誰かに親切にされると、居心地が悪い。
自分にはそんな価値はないからやめてほしい、と思う。

だから、生きるのが息苦しい。
自分で自分が許せない。
物心ついた時から、他の人にとって何でもないことが、何一つ出来なかったから、自分に価値を見いだせない。
幼稚園の先生から、毎日怒鳴られていたので、人が怖い。
人を怖がるから、その姿がまた、別の人を不愉快にさせる。

そんな者に、生きる価値なんて、あるのだろうか?
生まれなかったほうが良かったのではないか?

山崎豊子と松本清張

連れ合いがハマっているのが、山崎豊子。
自分がハマっているのが、松本清張。
どちらも、気合を入れないと読めない作家。

二人して、読書の秋を決め込んでいる。

山崎豊子には、所謂大作が多く、連れ合いはそういうのをもりもり読んでいる。
そして、読んだ端から、BookOffで売ってしまう。
自分も読みたいんだけどな。

松本清張には、所謂大作というのは、殆どない。
今読んでいる「日本の黒い霧(下)」は、一寸読み応えがあるが。
連れ合いが今読んでいるのは「白い巨塔」。

ドラマや映画だけだと、演出によって細部が変わっていたりするので、やはり原作にあたる必要がある。
でも、今大流行の池井戸潤は、わざわざ読もうとはあまり思わない。
ってか、そこまで手が回らない。
買っただけで未読の本が、まだ沢山あるから。

次は「眼の壁」が読みたい。

もしずっと大牟田に居たら

今更、若い頃のことにこだわって「もしずっと大牟田に居たら、どんな生活してたかなあ」なんて考えても詮無いことだが、時々色々と妄想に耽ってみる。

何をおいても、経済的に苦しかった。
だから、中学時代は新聞配達なんかをやっていただろう。
高校は、全日制だと学費が出せないので、就職して定時制に通うことになっていただろう。
高校卒業後は、そのまま就職先に居るか、思い切ってバイトしながら大学へ進学するか、迷っただろうが、私立には絶対行けないし、仕送りも期待出来ない中、遠くへは行けないので、そのまま就職先に残って働き続けていただろう。母親がどのみちその頃死んでいたと思うので、結婚もしなかったかも。

本だけはよく読んだかもしれない。
音楽は、多分何もしなかったと思う。
洋楽に触れることもなかっただろうし。

大牟田から出る、という発想が無かったかも。

そういう意味で、父親の転職という決断がなければ、今こうして呑気にBlogなんて書いていない訳で、人間の運命というのは面白いものだと思う。数々の選択を経て、今があるのだが、自分自身の選択だけでなく、親の選択にも左右されるのだ。

兎に角、あの高校に入っていなかったら、連れ合いとの出会いもなかったので、結婚なんてしてない。
だから、今のような生活ではない。

まあ、そこそこに運は良かったと思っている。

大きくなる子

昨日は、義弟家族の家へ。
土産に、ケーキと焼き菓子を持って。

上の子は、父親ともう殆ど背丈が変わらない。
義弟は結構大柄なのだが。
下の子は、少食のせいか幾分小さめ。
まあ、まだこれから伸びるから。

昼食を、和食チェーンの店で摂ったが、慣れている店員が休んででもいたのか、現場が大混乱だったようで「白米が炊けてないので、十六穀米か炊き込みご飯にしていただけませんか?」とな。昼食時なのに仕込んでなかったのかよ。

食後は、連れ合いと甥っ子たちが卓球対決。
台所のテーブルが卓球台に。
テーブルさえあればどこでも卓球台に出来る、巻取り式のネットが登場。
連れ合い、全然敵わない。

一呼吸置いて、ケーキが登場したが、自分は腹いっぱいで食べられず。

家が建った時まだ小さかった甥っ子たちも、10年経って高1と小6に。
今年はコロナで大変だが、何とか元気でやっている様子。
高校の教科書を見せてもらったが、連れ合いと二人で「こんな項目、無かったよね」。
まあ、45年近く経てば、当然か。
まだまだ、これから。
二人の成長を、生ぬるく見守って行こう。
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