虚妄の烏

日本酒と近現代史と食生活史と近代日本文学が好きな60代。男か女か分からないと人には言われるが、どっちでも好きなように捉えて呉れれば良いと思っている。

2023年10月

交通の便が悪すぎる

三重県の交通インフラは至って貧弱。
民営のバスが一社走っているだけ(正確にはもう一社あるが、極めて弱小)。
本数も少ない。
おまけに、時間通りに来ることなどほぼなく、20分ぐらい遅れるのは当たり前。

地方なんてこんなものだと思っていたが、観光地となるとこれが違ってくる。
先日姫路へ行った際バスに乗ったが、本数多いし、しかも時間に正確。
一分と狂わない。
運転席のすぐ後ろに座っていたので、運転席の時計が見えたが、定刻との時間差が表示されるようになっており、それが殆ど狂わない。
感動した。

三重県の名も無い地方なんて、本当に何もないから、同じようになれるとは思わないが、一時間に一本しかないのに20分遅れなんてあまりにもひどくないか。「本多忠勝ゆかりの地に大河ドラマを誘致しよう!」なんて叫んでるけど、絶対無理。

「日本からみた世界の食文化 ー食の多様性を受け入れるー/鈴木志保子」読了

「日本からみた世界の食文化 ー食の多様性を受け入れるー/鈴木志保子」読了。

編著者は公認スポーツ栄養士の人で、東京2020オリ・パラでも選手の栄養指導を担当。
世界中の食文化に関する聞き取り調査をしてまとめたのが本書。
アジア、中東、欧州、アフリカ、中南米。
ロシア・ウクライナ戦争が起こる前なので、ウクライナに関する記述もある。あ、ロシアがないや。
宗教は、人間の食行動を広い意味で規定するものだというのがよく分かる。
食事中は音を立てないとか、出されたものは残さないのがマナーだとかいうのは、世界中で共通している。

絶食中にこういうの読むの、結構つらい。

「和漢三才図会6/寺島良安/島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳」読み始める。

もう絶食は嫌なんだけど

月曜、火曜と病院なので、また絶食。
毎月のことながら、嫌になる。
旅行へ行こうと思うと、その前にも更に絶食する。
おかげで、体重はかなり減った。

つらい。

自分の肛門が恨めしい。
どうしてこんなに緩くなってしまったんだろう。
出産していないのに。
来月、新潟へ行くが、もうホテル朝食は摂らない。
飲まず食わずの旅になるだろう。
はっきり言って、つまらない。

食べるのが怖い。
食べたら、それは全部便になる。
それが怖い。
便失禁が怖い。

だから、つらくても絶食するしか策がない。
・・・つらいなあ。
食を楽しむなんて、自分には絶対出来ないんだ。

二冊読了

「宮本常一 <抵抗>の民俗学 地方からの叛逆/門田岳久」
「美味しい進化 食べ物と人類はどう進化してきたか/ジョナサン・シルバータウン/熊井ひろ美」読了。

「宮本常一 <抵抗>の民俗学 地方からの叛逆/門田岳久」。
宮本常一と佐渡島との関係を主軸とした論考。
離島出身の宮本にとって、離島の生活向上はライフワークだったろう。
高度経済成長期、人が地方から都会へ流入した結果地方が力を削がれることになった時、地方が力をつける為にどうすれば良いかを考えて実践した宮本常一。
ただ、それには矢張り政治力も働いて、国が交付する補助金を如何に引き出すかということにも奔走したようだ。
現代では、地方創生は大学にもそれを学ぶコースが用意されていたりして、所謂”下からの改革”ではなく、政府肝いりで行われることが多くなった。
その先鞭をつけたのも、宮本常一だったのかも知れない。

「美味しい進化 食べ物と人類はどう進化してきたか/ジョナサン・シルバータウン/熊井ひろ美」。
現在の料理文化は、如何にして発展してきたか。
ヒト属は、いつ料理を始めたのか。
エチオピアで発見された、人類の祖先とされている”ルーシー”に始まり、様々なヒト属が、食品を発見し、加工して食べられる状態にした”料理”を行ってきた。
その過程で、様々な食材を、品種改良という形で食品にしてきた。
採取から農耕へ。農耕から品種改良、牧畜、食品加工へ。
その営みが、今日の食生活となって結実している。
人間って、貪欲なんだな。
美味を求めてひたすら努力する。

「日本からみた世界の食文化 ー食の多様性を受け入れるー/鈴木志保子」読み始める。

時々、試験の夢を見る

夢の話。
大学入試が近づいている。
と、言うか、明日だ。
全く勉強していないことに気づく。
それでも、どうにかせねばと、歴史の教科書なんぞを取り出す。
そこで気づく。

   入試の申込みをしていない!

両親に何と言おう。
おずおずと、先ず父親に話す。
父親は、しょうがないなあという顔をする。
いよいよ、最大の難関、母親へ言わねばならない。
言うのが怖い。
何せ、既に一年浪人しているのだ。
試験を受けないままもう一年棒に振るなんて、言える訳がない。
でも、言わねばならない。
勇気を出して、母親の前に進み出る。

ここで、夢は途切れた。
おかしなものだ。
現実には、自分の大学入試の時、母親は既に亡かった。
浪人もしていない。

試験の夢は、実によく見る。
それも、大抵「受験会場へ辿り着けない」だの「全然勉強していない」だの、ロクな夢ではない。
しかし、申込みをしていないというシチュエーションは、初めてだ。
しかも、親が出てくるなんて。

そう言えば、卒業するのに単位が足りないという夢もよく見るのだ。
よくよく、学生時代にロクな思い出がないらしい。

持って生まれた性別を変えるならそれなりの覚悟が必要

自分は、女として生まれたがずっと男になりたいと思って生きてきた。
しかし”男の子は男らしく、女の子は女らしく”育てるべきという考え方が主流の時代に子供時代を過ごし、ジーンズを穿くことすら親に嫌味を言われたものだった。
若い時期を、LGBTという考え方がない頃に過ごした。

そんな自分の、ささやかな抵抗は、メンズ仕様の服装だった。
髪も短くした。

これは、還暦過ぎた今でも続いており、婦人服売り場など覗いたこともない。
メンズの方が使いやすいのだ。
ジャケットだって、ポケットが沢山あるし。

髪の毛も、床屋で切っている。
連れ合いと一緒に床屋へ行く。
バリカンで刈り上げてもらう。
短いと、洗うのが楽。

化粧もしない。したくない。面倒くさい。やり方が分からない。

それで結構満足出来ている。
何でも、機能的なのが一番だよ、という考え方。
それを突き詰めれば、メンズ仕様になる。
それだけのことだ。

だから、今更男になりたいとは思わない。
風呂もトイレも女用だし、時折トイレで間違えられることはあるものの、言えば納得してもらえるので実害はない(顔を見れば分かるから)。

性別を変えるというのは、大変なことだと思う。
身体を作り変えねばならないのだと、ずっと思ってきた。
自分にはそこまでの覚悟はないので、考えもしなかった。
男女が平等でないのは、社会の仕組みがそうなっているからだ。
体の構造が問題なのではない。
女が男より不利な扱いを受けるのが許せないだけだ。
進学も、就労も、女は男に比べると断然不利だ。
それが許せないだけだ。

そう思っているから、今回の最高裁の判決で「性別変更に於いて手術を必要とするのは違憲」という判決には、違和感を抱いてしまう。
性別変更には、それなりの覚悟が必要ではないのか。
生まれ持って生きてきた性別で、周りの人たちも接してきたのではないか。
家族、親族といった人たち。
そういう人たちを裏切るのが、性別変更だ。
「自分らしく」が、そんなに大事なのか?
自分が社会と合わないのなら、折り合いを付けるのが大人の生き方ではないのか?

自分は、間違っているだろうか?
少なくとも自分は、性自認が男だからと言って男子トイレに入ろうとは思わないのだが。
体の性に合わせた行動をするのが当然と思っているから。
そうでないと、社会に混乱が生じてしまうと思っているから。
「自分らしく」と「社会的要請」とが矛盾するなら、社会に合わせるのが”大人”ではないのか。

単に勇気がないだけ、と言われたら返す言葉がないが、昭和の時代は「男に生まれたかった」と嘆いていた女は多かったのだ。

ドクターズ・スクワット

運動不足で、筋肉が落ちている。
ふくらはぎを掴んでみると、見事に手に余裕がある。
筋肉が落ちている。
歩かなくなったから。
そもそも、外へ出なくなったから。

失禁が気になって自由に出かけられない、というのもあるが。

兎に角、今のままでは将来寝たきりになる。
何か運動を・・・と思っても、生来の運動嫌い。
ウォーキングは、失禁が気になって出来ないし、家の中での筋トレも続かない。
困っていたところに、見つけたのが、この「ドクターズ・スクワット」。
たった30秒でスクワットが出来る、というもの。

30秒でも、全くやらないよりはマシかなあ、と思いアマゾンで本を購入。
しゃがんだ状態から立ち上がる運動を30秒間やれ、とのこと。
なるほど、30秒なら出来そう。
早速、やってみる。
別に、ゆっくりやらなくてもいいらしい。
普通に立ち上がったりしゃがんだりすれば。

これなら出来そうかな。
しばらく、騙されたと思ってやってみることにする。

二冊読了

「ころび切支丹 遠藤周作初期エッセイ」
「女も戦争を担った ~昭和の証言~/川名紀美」読了。

「ころび切支丹 遠藤周作初期エッセイ」。
著者20代から50代までのエッセイや講演録。
カトリック信徒としてと、作家としての立場の両立に悩む著者。
ころび伴天連(棄教した宣教師)に関心を寄せる著者。
キリスト信仰を捨てるというのは、どういうことか。
この日本でキリスト信徒として生きるというのはどういうことか。
その思いが結実した作品が、映画にもなった「沈黙」。
映画も観たし作品も読んだが、キリスト教禁令下で伝導することの難しさと、棄教してからのこころの葛藤が印象的だった。映画のラストシーンでの、遺体が持っていた小さな聖像に、死者の思いが込められているような気がした。

「女も戦争を担った ~昭和の証言~/川名紀美」。
1982年に出版されたものの加筆再版。
あの戦争で”銃後”と呼ばれた女たちの戦争協力の姿。
国防婦人会の活動、それが唯一の社会参加の手段だった女たちの”良き思い出”。
「あの戦争は正しかった」と言ってのけ、自衛隊を応援する女。
子どもたちに皇国史観を教えていた元教師の悔恨。
従軍慰安婦との対話。
沖縄戦。守ってくれるはずの日本兵に殺された住民たち。
”一億玉砕”と叫ばれ、戦場へこそ送られなかったものの、日常で戦争協力させられた女たち。
今ではもう聞けない、貴重な証言の数々。
最早、直接戦争を体験した人たちは居なくなってきている。
こういう本を読むことでしか追体験出来ないのだが、読まないと分からない。
あの戦争は、老いも若きも、男も女も、等しく飲み込まれていったものだった。
戦争の影は、知らないうちに忍び寄ってくる。
そして生活を変えてしまう。
現代が危うい。絶対に戦争を阻止せねば。

「宮本常一 <抵抗>の民俗学 地方からの叛逆/門田岳久」読み始める。

図書館へ

昭和のスターが、次々鬼籍に入る。

図書館へ。
借りた本。

「ころび切支丹 遠藤周作初期エッセイ/遠藤周作」
「和漢三才図会6/寺島良安/島田勇雄、竹島淳夫、樋口元巳」
「宮本常一 <抵抗>の民俗学 地方からの叛逆/門田岳久」
「美味しい進化 食べ物と人類はどう進化してきたか/ジョナサン・シルバータウン/熊井ひろ美」
「女も戦争を担った ~昭和の証言~/川名紀美」
「日本からみた世界の食文化 ー食の多様性を受け入れるー/鈴木志保子」
「幕末明治古写真帖 写真が語る近代日本激動の瞬間」。

「ころび切支丹」読み始める。

ドラム、少し高度に

週に二、三回は練習に行ってドラムを叩いている。
エア・ドラムでは感覚が掴めない。
生ドラムを叩けば、毎日でなくても出来るようになる。

教材は、先生からコピーで渡されるが、それは先生が学生時代にわざわざアメリカに渡って現地で買い求めたものだそうだ。
「当時は情報がなくてね、アメリカに行って楽譜や教本やビデオなんかを買い漁ったよ」だそうな。
80年代。確かに情報はなかった。

今は、いいね。
街中にドラム教室があって。
おかげで、自分のようなリタイア組でも習えたりする。
先生曰く「教室には意外と高齢者が多い」のだそうな。
だから、自分のような者でもやって行ける。

で、今回渡されている教材。
楽譜の書き方が違う。
つまり、読み方が違うということ。
この形式に慣れねばならない。

やってみると、なるほど、少し高度になっている。
譜面を見ながら、ゆっくりゆっくり叩いてみる。
それを何度も繰り返す。
そうやって、身体に覚え込ませる。

来週の水曜が、また教室だ。
それまでに、宿題をやらねば。
教材を先取りして練習する。

練習しないと、不安で不安で。
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