虚妄の烏

日本酒と近現代史と食生活史と近代日本文学が好きな60代。男か女か分からないと人には言われるが、どっちでも好きなように捉えて呉れれば良いと思っている。

2023年11月

ノンアル

発泡酒を飲んでいたが、その半分をノンアルに切り替えることにした。
飲酒量を減らそうと思って。

年を取って、あまり飲めなくなった。
好きな日本酒も、たまにしか飲まない。
近頃は、飲み屋ともご無沙汰だ。
飲みに行くと二合飲んでしまうので、飲み過ぎになるのだ。

酒を飲まないでいると、血液検査の数値が良くなるので、医者に叱られることがない。
いちいち医者に小言を食らうのは鬱陶しい。

酒税がかからない分だけノンアルの方が値段が安いので、家計にもやさしい。
身体にもやさしい。
酒は、旨いものを少しだけ。
そんな飲み方で行こう。

「触法精神障害者 医療観察法をめぐって/里中高志」読了

「触法精神障害者 医療観察法をめぐって/里中高志」読了。

”触法精神障害者”とは、犯罪を犯した精神障害者を意味する。
病気の症状が重篤な場合、犯罪を犯しても罪に問われないか、刑が軽くなることがある。
それは、刑法三九条の規定に拠る。

 一 心神喪失者の行為は、罰しない。
 二 心神耗弱者の行為は、その刑を減刑する。

この時、対象者に対して医療が施される。
その医療について規定したのが”医療観察法”だ。
正式名称は「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」。

 第一条 この法律は、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対し、その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする。
 2 この法律による処遇に携わる者は、前項に規定する目的を踏まえ、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者が円満に社会復帰をすることができるように努めなければならない。
平成一五(2003)年七月一六日成立・公布、平成一七(2005)年七月一五日施行。

この法律成立のきっかけは、2001年に起きた「大阪教育大学付属池田小学校児童殺傷事件」である。犯人の宅間守元死刑囚は、それまでに婦女暴行などで逮捕歴がありながら精神障害を理由に「責任能力なし」と判断され、刑事処分を受けず措置入院となった。ところが、2001年に事件を引き起こしてしまい「責任能力あり」と判定され死刑が確定、2004年に刑が執行されている。

触法精神障害者の処遇に関しては、長い間議論が尽くされてきた。この「医療観察法」についても、賛成派・反対派両方居て、著者はその双方に取材した上でこの本を書いている。著者自身が精神疾患を患い苦しんだ過去を持ち、法を犯した者を社会がどのように処遇すれば良いかについて結論は出していない。出せないのだ。当事者だから。

自分も、触法ではないが精神疾患を持っている。入院歴もある。今は落ち着いており社会生活も普通に営めているので、こちらから言わなければ人様には判らないだろうが、入院した時の辛さは忘れていない。家族も冷たくなったし、病室は建て替え前の古いもので、畳敷の雑魚寝だった。症状の苦しさもあったが、自分はもう元に戻れないのではないか、という不安が強かった。
こうして家に居られるのが夢のようだが、障害者手帳を所持し、公的施設の利用料は割引して頂いている。地元の民営バスも半額で利用させて頂いている。
だから、こういう話題には関心があり、この本を手に取った。
閉鎖病棟には、自由が全く無い。
病棟には鍵がかけられ、窓には鉄格子、建物の外に出られるのは散歩の時間だけ。退院してもまともな職には就けない。作業所に通ったりしたが、仕事の内容は単純でやりがいはない。
これで社会復帰と言えるのか?と思ったものである。

日本は、基本的に、障害者の人権を認めたがらない社会だと常々感じている。障害者は健常者の方々に対して常に遠慮しながら小さくなって生きねばならないかのような論調が幅を利かせているような気がする。障害者だけでなく、全体的に人権意識が低いような気がする。女・子ども・在日外国人然り。
そんな中での、この法律。
犯罪者には、被害者が存在する。殺人の被害者の場合だと、犯人が”まともな健康状態ではない”ことを理由に罪に問われずに終わることは耐えられないだろう。しかも、その犯人の状態に関しては、被害者は基本的に何の情報も得られない仕組みになっている。どう反省しているかについて知りたくとも、対象者の人権を盾に、情報を渡してもらえない。拠って、被害者の人権はどうなるのか、という問題が生じる。
だから、この法律は万能ではない。全ての問題が解決する魔法のようなものではない。

それでも、重篤な病気であれば治療は必要だし、一番大事なことは、触法精神障害者が二度と他害行為をしないで社会人として自立することだろう。
この法律に基づく医療機関は、国の指定を受けねばならず、その数は全国にまだ少ない。全ての県にある訳ではない。しかし、事件はいつ何処で起こるか分からない。制度の実質的な充実と効果的な運用が、今後の課題だろう。

「和漢三才図会8/寺島良安/島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳」読み始める。

二冊読了

「風刺漫画で日本近代史がわかる本/湯本豪一」
「戦場体験者 沈黙の記録/保阪正康」
以上、読了。

「風刺漫画で日本近代史がわかる本/湯本豪一」。
戊辰戦争からサンフランシスコ平和条約まで、風刺漫画を紹介しつつ解説。
その数、200点以上。
初めて紹介されるものが多いのが意義深い。
当時の新聞・雑誌に載ったもので、印刷の関係で文字がつぶれて、解説文を読まないと意味が分からないものが多いのが難点と言えば難点だが、致し方なし。
昔も今も、漫画は強力な表現手段。
文章で伝えにくいことも、漫画ならユーモアに乗せて伝えることが出来る。
描かれた時代背景が分かっていると、更に面白いだろう。

「戦場体験者 沈黙の記録/保阪正康」。
実際に戦場へ赴いた人の体験を知る機会は、最早失われている。
この本も、10年以上前に書かれたものだ。
戦場のリアル。
受け継ぐにはあまりに重いものだが、受け継いで行く努力をしないと、忘れられてしまう。
実際に戦場へ行った人達は、そのあまりの悲惨さ(こういう表現しか思いつかないのがもどかしいのだが)故、口を開こうとしない。多くの人を殺してしまったことは、こころの奥深く沈んだトラウマとなり、自らの死に際して蘇り、その人を苦しめる。
語れない。語るにはあまりにも重い。
保坂氏は、その当事者のこころの重い扉を静かに少しだけ開けて、誰にも言わないし名前も出さないからという条件をつけて記録してきた。そういった話は、オンライン講座でも少しだけ保坂氏の口から聴いたことがあるが、こうやって一冊の本になっているものを読むと、聞き書きという営みが当事者を心底安心させないと出来ないことを伝えてくれる。
この国の平和憲法は既に捻じ曲げられ、無効となってしまった。
こんなにも多くの犠牲のもとに手にした、大切な憲法なのに。
ウクライナが、ガザ地区が、中国が、北朝鮮が、とイケイケ派は軽々しく武装の必要性を言うが、ならばいざ日本が戦争をすることになった際、自分が戦いに出る気があるか。ないだろう。
戦争とは、言うまでもなく殺し殺されることだ。そういう現実だ。
日本がかつてどういうことを戦場でしてきたか、もっと我々は知らねばならない。そして、知ったことを後世に伝えねばならない。少なくとも、そのための努力を続けねばならない。

「触法精神障害者 医療観察法をめぐって/里中高志」読み始める。

「幻のレコード 検閲と発禁の昭和/毛利眞人」読了

「幻のレコード 検閲と発禁の昭和/毛利眞人」読了。

「戦時中は、流行歌は全て発禁!」というイメージがあるが、それは戦後に作られたものでしかなかった。
太平洋戦争が始まるまでは、わりあい緩かったらしい。
レコードの検閲システムが、何しろ貧弱で、たった二人の検閲官で発売される全てのレコードを調べねばならなかったそうだから、先ず歌詞を見て問題がありそうなものだけ実際に聴いて、という手順を踏んでいたそうだ。

日中戦争が始まる前は、結構楽しそうなタイトルの曲が多く、今聴いてみたいものが沢山。

現在放送中の朝ドラ「ブギウギ」のモデル、笠置シヅ子の歌は、意外と発禁になっていない。
発禁になったのはただ一曲「ホット・チャイナ」のみだ。
どちらかというと、淡谷のり子の方が発禁の枚数が多い。

また、政府筋の検閲というより、一般人の「こういうのは如何なものか」という投書に拠って発売中止に追い込まれることが多々あったそうで、現在のSNSでの正義警察を思わせる現象も。同調圧力って、怖い。

音楽は娯楽なので、楽しさがなければ大衆は受け入れない。
流行歌の場合、歌詞も楽しさの要素になる。
また、歌い方でも「これはエロだろう」ということになる。
ある程度エロの要素がなければ、大衆は受け入れない。
しかし、あまりにも露骨だと検閲に引っかかって発売できなくなる。その匙加減が難しいということだ。

SP盤は、国会図書館に行けば聴けるそうなので、いつか聴きに行ってみたい。

「風刺漫画で日本近代史がわかる本/湯本豪一」読み始める。

図書館へ

図書館へ。
借りた本。

「幻のレコード 検閲と発禁の昭和/毛利眞人」
「風刺漫画で日本近代史がわかる本/湯本豪一」
「戦場体験者 沈黙の記録/保阪正康」
「触法精神障害者 医療観察法をめぐって/里中高志」
「和漢三才図会8/寺島良安/島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳」
「ニッポン定番メニュー事始め 身近な食べもののルーツを探る。/澁川祐子」
「食べるとはどういうことか/佐藤洋一郎」
「食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか/ジャック・アタリ/林昌宏」。

「幻のレコード 検閲と発禁の昭和/毛利眞人」読み始める。

「青春の萩原朔太郎 ーその詩と真実ー/山田桂三」読了

「青春の萩原朔太郎 ーその詩と真実ー/山田桂三」読了。

かなり昔に買った本だが、何故か未読だった。
朔太郎の縁者に聞き書きしてあり、深く突っ込んだ朔太郎研究書になっている。
学生時代の朔太郎、妹宛の手紙、草稿ノート、音楽活動の詳細。
音楽活動に関する著述が興味深かった。
朔太郎は、本格的にマンドリンを学び、且つ教えている。
演奏活動も盛んに行っており、作曲・編曲も手掛けている。
当時の前橋には、西洋音楽を聴く人が殆ど居らず、そのことを嘆きつつ啓蒙活動をしている。
朔太郎の撒いた種が、後の群馬交響楽団発足につながって行く。
音楽活動に用いた楽譜、用いた教本の内容、演奏会プログラムに関しては、全集にも少し載っていたが、詳細はこの本で初めて知った。

この本買ったの、20年ぐらい前なんだけど、どうしてその時読まなかったんだろう。
ずっと本棚に入れっぱなしにしていた。

今日こそ図書館へ行こう。

何故か眠い

ここのところ、何故か眠い。
夜は夜で、きちんと寝ている。
それなのに、昼間、本を読みながら、気づくと寝ている。
何でだろ。
疲れるような生活はしていないのだが。

一日一食だから、栄養不良なのかな。

だいぶ慣れた

ドラム教室に通い始めて9ヶ月。
手足の動かし方にはだいぶ慣れた。
譜読みは元々得意なので、楽譜を見ただけでリズムが分かるのを強みとして、初見でもどうにか叩けるように。
全く見ていなかったページも、どうにかこなす。

子供の頃からやっていた音楽は、無駄になっていない。

あとは、フィジカルの問題。
身体がどれだけ動くか。
速いテンポには出来ない。

昨日は、リム・ショットが初めて出てきて、苦労した。
これからも、苦労することが沢山あるのだろう。

図書館に行けず、蔵書「青春の萩原朔太郎 ーその詩と真実ー/山田桂三」を読んでいる。

喪中ハガキを出したら香典が送られてきて困惑

義父が死んだので、年賀欠礼のハガキを出した。
そうしたら、自分の家のある従兄から、何と香典が送られてきた。
現金書留で、中には香典袋に入った一万円が。
手紙も何も入っていない。

取り敢えずお礼を言おうと思い、封筒に書かれた電話番号にかけたが、出ない。
いつかけても、出ない。
従兄も高齢だ。
子どもは一人居るが、多分とうに家を出ているだろう(そういう近況報告をお互い殆どしない)。
もしかしたら、普段は家に居ないのかもしれない。
かと言って、携帯の番号など分からない。

連れ合いも困惑している。
「一万円となると、お返ししないとな」。
至極、当然。
連絡はつかないが、何かお返しを送って、ハガキでも出してお礼の気持ちを伝えるしか手がない。

大体、何で香典なんかわざわざ送ってくるのか。
連れ合いの家のことは、自分の従兄には何の関係もないではないか。
それとも、そういう家風だったっけか?
伯父伯母が全員他界しているので、誰にも確認のしようがない。

自分の家の親戚付き合いは、結構面倒くさい。
何か気に入らないことがあると直ぐに悪口合戦になるので、自分はそれが嫌で距離を置いているのだ。

ハガキ、書かなくちゃな。

帰宅

新潟では、外国人観光客の姿を殆ど見なかった。
東京から上越新幹線一本で行けるのに、何故か人気がないようだ。
いい所なのに。
京都ばっかり行かずに、新潟にも行けばいいのに。見どころ結構沢山あるし、食べ物も旨いのに。

その、新潟名産の一つである”米”をふんだんに使った一品、おにぎり
帰りの新幹線の中で食べようと思って買った。

爆弾おにぎり
爆弾おにぎり。米一合分。中身は高菜。
おにぎりにすれば、米一合ぐらい結構食べられるものだ。

東海道新幹線はいつも混んでいる。
車体が古いせいか、窮屈さを感じる。
通路も狭いし。
昼時で、皆何か食べるせいか、色んな食べ物の臭いが入り混じり、何とも言えない嫌な臭いが漂う。

いつも、旅行に出て、帰る時が嫌だ。
楽しい時間が終わってしまう寂しさ。
また退屈な日常へ戻らねばならないもどかしさ。
帰宅すればしたで、家事が待っているし。

午後4時半、帰宅。
今度は何処へ行こうかな。
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