虚妄の烏

日本酒と近現代史と食生活史と近代日本文学が好きな60代。男か女か分からないと人には言われるが、どっちでも好きなように捉えて呉れれば良いと思っている。

2024年01月

”キリシマ”違い

一昨日の朝、二人で洗面所に居たら、テレビの「ピロロン」音。
また何処かで大きい地震でもあったかな、と思った。
それで、一応確認しに行ったら「”桐島”聡容疑者死亡」の文字が。

思わず叫んだ。

    「”キリシマ”が死んだ!」

連れ合いは驚いた様子で「えっ、嘘だろ」と。
「ほら、末期の胃がんで、最後は本名で死にたいとか言ってて」と返すも、何故か伝わらない。

よくよく聞いたら「力士の”霧島”かと思った」だと。
前日まで元気に相撲を取っていたのが死ぬなんて信じられない、と思ったそうだ。

漫画みたいなやり取り。
取り敢えず、我が家は平和だ。

「同成社江戸時代史叢書36 大江戸トイレ事情/根崎光男」読了

「同成社江戸時代史叢書36 大江戸トイレ事情/根崎光男」読了。

江戸時代は、公衆便所が少なかったので、そこら辺で立ち小便する人が多かったそうだ。しかし、これが迷惑なのは今と変わらない。「小便無用」の張り紙がそこら中にあったとか。将軍が交代した時にやってくる朝鮮通信使を迎える際には、臨時の公衆便所を設置し(朝鮮通信使の利用の為だったそうで)、見苦しい張り紙を剥がすように触書が出たそうだ。

また、人糞は肥料として使われたため、武家屋敷、商家、長屋などの便所には「下掃除人」なる者が来て、トイレ掃除をして溜まったモノを回収し、船で運んで各農家に配った。当然、タダではなく農家は金銭や農作物で代価を支払った。この人糞代が高騰して農家は困窮し、代金を下げてもらうよう、しょっちゅう請願したそうだ。

現代の日本のトイレは、便器の機能と言い、公衆トイレの清潔さと言い、世界一のレベル。
能登半島地震で一番困っているのがトイレだそうで、自分のような排泄に問題を抱えた者が被災したら悲惨なことになるので、もしそうなったら飲食を控えるしかないかなあ、と思っている。それでなくても、今でも排泄トラブルを抱え、最早食べることがストレスになっている。来週の火曜日が通院日なので、また絶食せねばならない。その度に痩せるので、プロテインを飲むことにした。少しでも体力を維持せねば。

「飽食以前 イモと雑穀の民俗/野本寛一」読み始める。

図書館へ(1/28)

蔵書点検のための休館期間が一週間あるので、三週間借りられる。
借りた本。

「和漢三才図会17/寺島良安/島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳」
「同18」
「同成社江戸時代史叢書36 大江戸トイレ事情/根崎光男」
「飽食以前 イモと雑穀の民俗/野本寛一」
「豆腐の文化史/原田信男」
「おいしさの人類史 人類初のひと噛みから”うまみ革命”まで/ジョン・マッケイド/中里京子」
「下級武士の日記でみる江戸の”性”と”食”/永井義男」
「『暮しの手帖』をつくった男 きみは花森安治を知っているか?/船瀬俊介」
「歌と戦争 みんなが軍歌をうたっていた/櫻本富雄」
「音楽と病 病歴にみる大作曲家の姿/ジョン・オシエー/菅野弘久」。

「同成社江戸時代史叢書36 大江戸トイレ事情/根崎光男」読み始める。

「SPレコード博物館 明治・大正・昭和のレコードデザイン/保利透(ぐらもくらぶ)」読了

SPレコード・コレクターにして戦前文化研究家、アーカイブ・プロデューサーの保利透氏。ぐらもくらぶ代表。録音による時代の変化をイベントやメディアを通じて伝える。
そのコレクションとして掲載されている資料は膨大。
その時代を伝える生き証人としてのSPレコード。
中には社歌、地域振興曲などの珍品も。
愛国歌などというのは時代を反映している。
現在、朝の連ドラで放映中の「ブギウギ」に登場する服部良一・笠置シヅ子のレコードに関しては、丸々一章費やしてある。
読んだと言うよりは眺めた、と言う感じだが、こういうもののコレクターになってしまうと収納や整理が大変だ。自分ですら、そろそろ手持ちのCDを手放そうかと考えているのに(それほど沢山持っていないが)。

また図書館へ行って来よう。

「小麦の地政学 世界を動かす戦略物資/セバスティアン・アビス/児玉しおり」読了

「小麦の地政学 世界を動かす戦略物資/セバスティアン・アビス/児玉しおり」読了。

著者はフランス人、拠って、内容もフランスの事情。
フランスは農業大国で、小麦輸出国である。だからだろうか、著者の鼻息は荒い。
小麦は、大方の人類の主食でありながら、輸出出来るほど収穫出来るような国が少なく、輸入に頼る国が圧倒的に多い。しかも、ロシア・ウクライナ戦争とウクライナの堤防決壊に依る水害で、主要な輸出国である両国の輸出力が大きく下がっている。
ここに、気候変動が追い打ちをかけ、更に言うなら世界人口が爆発的に増えて需要が大きく伸びている。
日本は米を主食としているからと言って安心は出来ない。米の消費量は落ち込んでおり、逆に小麦の輸入量は増加している。それでなくても食料自給率は極端に低い。地政学以前の問題だ。経済力も低下しているので、今後必要な量を確保出来るかどうかも不透明だ。

全体を通して、著者の”勝ち組感”がぷんぷんしていているが、小麦を巡る国際情勢はよく分かる。日本は、せめて米だけでも自給出来る力を維持すべきだと思うが、米農家が減少して今後の見通しは暗い。
若者が米の生産に夢と希望を持てるように、消費者はもっと米を食べよう。自分はパンより米の方が好きだ。

「SPレコード博物館 明治・大正・昭和のレコードデザイン/保利透(ぐらもくらぶ)」読み始める。

「Proud Mary」何とか叩けそう

スタジオ練習で「Proud Mary」ゆっくり叩いてみた。
うん、何とかなりそうだ。
自慢じゃないが、初見とリズム把握には強いのだ。

発表会、これで出られるかも知れない。
出てみようかな。
失敗するだろうけど(今まで、人前での演奏で成功したためしがない)、それでもいいか。
練習が楽しそうだし。

SNSをやらない訳

SNSはやらないと決めている。
それには、訳がある。

自分は、パソコン通信時代からのネットユーザーだ。
NIFTY-Serveで、パソ通をやっていた。
結構よく書き込みをしていた。
交流もそれなりに持っていた。
オフを主宰した経験もある。

ただ、不愉快な経験も沢山した。
「文章だけの交流は難しい」と実感した。
そして、時代はインターネットの掲示板へ移る。
ここでも、書く度に「不愉快」と叩かれた。

いい加減、疲れた。
書くことは嫌いではないが、叩かれるのは嫌だ。
何故か、自分の書くことは読む人を不愉快にさせるらしい、そう気づいた時から「もう、ネットでの交流は持ちたくない」と考えるようになった。
誰がどんな気持ちで読むか分からないネットというものは、もう嫌だ。
そう思ったので、mixiやfacebookをやってみたが、やめた。

blogなら、読みたくない人は読まないだろうし、そもそもこんな小さなblogなんて読む人居ないだろう。そう思って、blogを始めた。コメントも滅多につかないので、気楽でよろしい。読みたくなければ読まなくていいですよ、なのだ。
ネットだけの交流など、つまらない。空疎だ。実際に会ってやり取りする時には絶対に言わないような言葉も平気でぶつけてくるのがネットだ。恐ろしいから、Xも
facebookもインスタもやらない。
「炎上」の話題に接すると、やはりネットは恐ろしいと思う。書き言葉だけでは言いたいことは伝わらない。心無い発言も多いだろうし。

怖い世の中になった。

「酒の起源 最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅/パトリック・E・マクガヴァン/藤原多伽夫」読了

「酒の起源 最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅/パトリック・E・マクガヴァン/藤原多伽夫」読了。

「あれ、これって、ダーウィンのパロディ?」と、本書を一瞥した連れ合いが一言。確かに「種の起源」の読み方と同じに読める。「シュノキゲン」。自分は、頭から「サケノキゲン」と読んでいたので、この視点は面白かった。

さて、本書は、世界中にある発酵飲料の起源を探るQuestだ。著者は、ペンシルベニア大学のウェブサイトで「古代のエール、ワイン、過激な飲料のインディ・ジョーンズ」と紹介されている御仁。天然の果実や蜂蜜が自然発酵して出来た酒を飲んだ古代人が、それを自分たちの手で作ろうと試みて試行錯誤を繰り返し、好みのアルコール飲料を大量に得るまでのプロセスが、世界中で行われていたことを考古学的に述べてある。
考えてみれば、世界中何処へ行っても、酒はある。葡萄や蜂蜜、米や麦、芋類等、様々な炭水化物を糖化・発酵させ各種の香草を加えて、芳醇な味わいの飲料を作り、神や祖先に捧げ、また一族で分け合って飲む。アルコール飲料は宗教・政治・祝典・娯楽の席に欠かせないものとなり、時としてどんちゃん騒ぎとなる。脳に作用して陶酔状態となるのを求めて、人はアルコール飲料をしたたかに飲む。
世界各地の遺跡から出土する土器には、植物の残渣があり、それを分析すると葡萄や麦等の痕跡が見つかる。また、残されている壁画や土器の紋様等から酒造りや酒を嗜む姿が発見される。
時には、古代の酒を再現して飲んでみたりもして。
こういう研究は面白いだろう。
ミード(蜂蜜酒)、飲んでみたいと思うが、甘いんだろうな。ネットで買えないこともないが。

「小麦の地政学 世界を動かす戦略物資/セバスティアン・アビス/児玉しおり」読み始める。

新幹線大丈夫か

東の新幹線、停電で大混乱。
     ↓



このところ、新幹線に乗るのが怖い。
よく遅れるし。
トラブルが多いのではないか。
先日佐賀に行った際も、上りに遅れが生じていた。
ダイヤ通りに動くかどうか分からないのは不安だ。

近頃は「何が起きるか分からない」という不安感を抱きつつ生活している。
突然大地震が来るかも知れないし。

三冊読了(1/23)

「和漢三才図会15/寺島良安/島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳」
「同16」
「昭和の洋食・平成のカフェ飯 家庭料理の80年/阿古真理」
以上、読了。

「和漢三才図会15・16/寺島良安/島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳」。
もうすっかりお馴染み。殆ど意地だけで読んでいる感じ。
江戸時代の百科全書。
巻八十二~九十四の本。香木類、喬木類、灌木類、寓木類、果部、山果類、夷果類、味果類、ら果類、水果類、草類、山草類、芳草類、湿草類。
植物の分類は、当時盛んだった本草学に拠るが、正しい文献がなく苦労は絶えなかったようだ。牧野富太郎の功績は偉大だった、ということか。

「昭和の洋食・平成のカフェ飯 家庭料理の80年/阿古真理」。
一寸古い。2012年刊行。
しかし、家庭料理の歴史はきちんと伝わってきた。家庭料理という考え方が生まれた昭和初期から、家庭で作らなくなった平成までの家庭食の有り様が述べられている。
自分は1961年生まれ。母親は昭和9年生まれで、料理は料理学校で学んだらしい。幼い頃、母から料理を教わったことはなかった。勉強だけしていれば良いと言われたのもあるが、自分があまりにも不器用なため、台所の手伝いを言いつかっても全くの役立たずなので「もう、よか!あっち行っとかんね!」と諦められていたのもある。亡母は自分のような不器用で不出来な娘に憤り、諦めていたのだ。
母が死んだ後、料理は自分の役目になったが、主に「栄養と料理」という雑誌や、高校で販売斡旋していた千趣会発行の雑誌「COOK」付録の料理カードなどを頼った。おせち料理などに役立ってくれた「COOK」付録の料理カード。
今は、ネットで紹介される簡単なレシピを参考にしたりする。
料理は、専ら妻である自分の役目だ。連れ合いも出来なくはないが、あくまでも「男の料理」である。極めて昭和的だ。
それでも、手作りにこだわっている訳ではない。美味しければ惣菜も外食も利用する。そのあたりはフレキシブルに考えている。現代的と言えるかも知れない。

「酒の起源 最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅/パトリック・E・マクガヴァン/藤原多伽夫」読み始める。面白い。
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