虚妄の烏

日本酒と近現代史と食生活史と近代日本文学が好きな60代。男か女か分からないと人には言われるが、どっちでも好きなように捉えて呉れれば良いと思っている。

2024年02月

「無数のひとりが紡ぐ歴史 日記文化から近現代日本を照射する/田中祐介・編」読了

「無数のひとりが紡ぐ歴史 日記文化から近現代日本を照射する/田中祐介・編」読了。

日記は、個人的な記録ではあるものの、学校の宿題や職場の日報など、他者の目に触れるという側面もあり、思いのままに綴るのは案外難しい。
このBlogなるものも、純粋な自分だけの記録ではなく、読み手を意識するものになっている。拠って、読み手に迎合する気持ちも少なからずある。書かない事柄は多い。読まれたくない、知られたくないことは書かない。本当のありのままの自分など、Blogという無防備なものに晒せる訳がないのだ。常に内容は取捨選択され、これならまあ、読まれても大丈夫かな、と思われることしか書いていない。誰もがそうだろう。

日記は、歴史を解読するためのツールになり得るが、書きたくないことは書かないという現象が起きるため、これを以て全ての歴史が明らかになるとは考えない方が良い。公開を前提としている著名人の日記なんて、資料的価値がどれほどあるのか。自分に都合の良いことしか書かないのが当たり前(「断腸亭日乗/永井荷風」は例外、あれは読み物として純粋に面白いし、風俗史の資料としては第一級)。

市井の人々の日記なら、そういう忖度はないだろうと思うのも間違いで、書きたくないことは書かれていないし、特定の読み手を意識して書かれたものもある。本書に登場する、マーシャル諸島(ウォッチェ島)で餓死した兵士の日記は、日本に残した家族に読まれることを意識して綴られている。この兵士は、最後まで軍隊用の言語”漢字カタカナ文”で日記を物しているが、それは”帝国兵士”としての矜持がそうさせたのか。

小・中学生時代、教師に提出するために日記を書かされた人も多いだろう。自分の場合は、中学時代”班ノート”なるものがあり、生徒持ち回りでノートを回覧しつつ何やら色々書かされたものだ。生徒が書いたものに教師が朱を入れる、というものだ。人気のある教師だったので、朱の部分を読むのは楽しみではあったものの、自分というものを他者にさらけ出すことには大きな抵抗を感じたものだ。そこでも自分は自分を圧し殺した。

日記を資料として活用する動きがあることを、本書で初めて知った。「女性の日記から学ぶ会」と「手帳類図書室」という、二つの取り組みだ。前者は、古い・新しいに拘らず女の日記を集めて、それらを読み解くことで歴史を学ぼうというもので、後者は”使用済みの手帳譲ってください”という呼びかけに応じて集まった手帳や日記類を、誰もが手に取れる状態にすることで”人とのつながり”を構築してゆく取り組みだ。
日記って、個人的なものなのに、そういう活動が成り立つのかな、と不思議だったが、前者はもう20年以上続いているのだそうだ。確かに、著名人が出版した日記などより、庶民の生活や考え方、世の中の動きなどはよく分かるだろうな。

自分は、もともとタイピングが好きで、タイプする際に脳に心地よい刺激が行くため、その刺激を求めてこうやって打っている。だから、更新は専らパソコンに拠っている。スマホではこの快感は味わえない。
Blogを綴る目的は、結局それだけなのだ。それなら公開を前提としない、所謂「日記ソフト」で充分な筈だが、どこかに「誰かに読んでほしい」という気持ちが恐らくあるのだろう。済みません読んで下さって有難うございます。読みたくなければ読まなくていいですからね。読みたければどうぞ。

「大楽必易(たいがくひつい) わたくしの伊福部昭伝/片山杜秀」読み始める。

「上方日本酒ワールド2024」チケット届いた

「上方日本酒ワールド2024」チケットが届いた。
4月20日、21日、どちらへ行こうかな。
近鉄特急一本で行けるので便利。
だから、両方行ってもいいな。
あ、でも、失禁の心配があるから無理か。
何せ、飲み食いにいくわけだから。しかも酒だから。
あまり飲めないし、食べられないな。

来週、定期通院なので今日から絶食。
出かけるのも食べるのもストレス。

「新装版 新聞資料明治話題事典/小野秀雄・編」読了

「新装版 新聞資料明治話題事典/小野秀雄・編」読了。

主に明治時代の新聞掲載記事を集めてある。取り上げられているのは、三面記事が多いので、結構笑えるものもある。
編者は明治生まれの御仁で、失われゆく明治時代(古き良き時代)を回顧するためにこの本を編んだそうだ。初版は昭和43年。
自分が明治時代に対して抱くイメージと同じような感じで、令和生まれも昭和という時代を捉えるのだろうか。尤も、自分は昭和に対して、あまり良いイメージは抱いていないのだが。

「無数のひとりが紡ぐ歴史 日記文化から近現代日本を照射する/田中祐介・編」読み始める。

排泄の苦しみ

便失禁がひどい。
軟便なので、トイレに間に合わない。だから、常時軟便漏れシートとオムツを装着。
尿失禁(切迫性)もするので、出かける際は尿漏れパットが追加に。
バス停から自宅までもたないのだ。
事前にトイレに行っておいても、駄目。
薬は処方されているが、間に合わない。
オムツ類に加えてトイレットペーパーも持ち歩いている。

こんな具合なので、外出は恐怖でしかない。
なるべく外出は避けている。
どうしてもの時は、5日ぐらい前から絶食。

来週は、精神科の通院が火曜日に予定されているが、その5日後には舅の一周忌、その一週間後には鹿児島一人旅(旅はしたいのだ)。
拠って、都合20日間ぐらいの絶食が必要になる。
一周忌は、当然何も食べないつもりだが、集まった親族が何と言うだろうか。
まさか便失禁の話をする訳にはいかないし、話したとしても理解してはもらえない。皆に会うのが苦痛。

風呂も、浴槽には入れないので、手早くシャワーのみ。風呂場で便を漏らしたら大変だから、大急ぎで済ませる(拠って、温泉へは行けないし、宿に大浴場があっても絶対に行かない)。
食べたいものも食べられず、風呂にもろくに入れず、外出も出来ない。
自分の人生、これからもずっとこうなのかと思うと、もう生きているのがつらくなる。
連れ合いはお気楽に自分の食べたいものの話をしてくるので「また食べる話?もう止めてよ」と思うのだが、そんなことは言えない。彼には関係ないのだから。

誰にも何も言えない。耐えるしかない。

食べたいものを食べて、そのまま死にたいなあ。もう生きているのが嫌だ。ってか、食べるのはもう苦痛でしかない。

図書館へ(2/24)

借りた本。

「新装版 新聞資料明治話題事典/小野秀雄・編」
「無数のひとりが紡ぐ歴史 日記文化から近現代史を照射する/田中祐介・編」
「大楽必易(たいらくひつい) わたくしの伊福部昭伝/片山杜秀」
「発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ/小倉ヒラク」
「随筆 明治文学2 文学篇・人物篇/柳田泉/谷川恵一 他」
「同3 人物篇・叢話篇/同」
「ものと人間の文化史80 パン/安達巌」
「同90 さつまいも/坂井健吉」。

「新装版 新聞資料明治話題事典/小野秀雄・編」読み始める。

生きるのがつらいから活字に逃げてるだけなのかな。
排便と食に振り回されて、疲れているから。

「図説江戸時代食生活事典/日本風俗学会」読了

以前、図書館で借りたがボリュームがあり過ぎて読了出来ず返却したもの。
事典なので、手元に置いても良いかと考え、購入。
そのまま本棚に眠らせていた。

図書館に新しい本が入るのは土曜日なので、土曜日に行くのが習慣になっている。
それまで活字を求める欲求が抑えられず、本棚から取り出して読むに至る。
録画「正直不動産2」は、消した。観ないから。

事典なので、知りたいことを調べる時だけ読めば良いのだろうが、文章が面白くてつい読んでしまった。
内容も、食文化の歴史やら食材やら食に関する文献やら江戸時代の名店やらと幅広く、図も豊富。
読了したので、どこに何が書いてあるかが分かるようになり、今後の研究に役立つだろう。

今日は図書館へ行く。

テレビより読書

結局、録画は殆ど観ない。
「正直不動産2」録画してあるけど、一度も観ていない。
消そうかな。

今は「図説江戸時代食生活事典/日本風俗史学会」を読んでいる。
一度図書館から借りたのだが、読了出来なかったので、買ったものだ。
何せ、事典だから。400頁以上ある。
それでも読めるようになった。近頃、読むのが速くなったようだ。

録画観てると眠くなる

本を読んでいる時はちっとも眠くならないが、テレビで録画を観ていると直ぐに眠くなる。
寝落ちしてしまうので、長いものは観られない。
結果、観られず溜まってゆくばかり。
観たいと思って録画したのに。
消そうかな。

上方日本酒ワールド2024行きたい

4月20日、21日に大阪の湊町リバーサイドプレイスで開催される「上方日本酒ワールド2024」。
行きたい。
絶食してでも行きたい。
飲めないけど、行きたい。

前売り入場券を買った。

こういうイベントへ行くのは初めてなので、楽しみ。
行けるうちに行ける所へ行っておかないと。
あと数年のことだと思うから。

「異国人たちの江戸時代/森田健司」読了

「異国人たちの江戸時代/森田健司」読了。

江戸時代は265年続いた。
その間、日本を訪れた外国人は数多く、日本に関する著作物もまた多い。
しかし、江戸初期と幕末とでは社会情勢が全く異なる。幕末になると日本に来る外国人の数は夥しく増えるので、彼らが残した記録だけが後世に伝わっており「外国人に拠る日本の記録」として扱われることが多いが、長い間の「鎖国」と呼ばれる外交政策下では、外国人の日本滞在は困難を極めた。幕末の「開国」で一気に状況が変わっただけ。
本書で紹介されているのは20人。江戸時代を「前期」「中期」「後期Ⅰ」「後期Ⅱ」に分け、それぞれの時代に五人ずつ選んで紹介している。
ウィリアム・アダムスに始まりアーネスト・サトウで終わっている。

日本は島国として独自の文化を形成し、キリスト教伝来後もキリスト教国化することはなかった。逆に、植民地化を恐れてキリスト教を禁止し他国との交渉を断った。江戸時代にも、貿易や漂着などで多くの外国人が来ているが、多くは日本を「非文明国」と見做していたようだ。キリスト教国でなければ「文明国」ではない、というのがヨーロッパ人の価値観だ。朝鮮や中国の人たちは、キリスト教国ではないので、対等な立場として日本を見ていたようだ。オランダだけが、プロテスタントなので布教の心配がなく、交易を許されて唯一の外国への窓としての役割を果たした。
そんな日本の265年間が、諸外国の様々な立場の人たちの目にどう映っていたのか、時代を追って論述したのが本書。江戸時代は幕末だけがクローズアップされることが多いが、265年というのは人間の歴史としてはかなり長い。その間、内戦は幕末の混乱期を除けば殆どなかった。豊臣氏滅亡後の日本は概ね平和だった。
そういう時期に日本に滞在し、日本の姿を描写し、出版して世界中に広めた人たち。人に拠ってはかなり歪んでいたり誤っていたりしたものもあったようだが、日本が外交というものを行っていなかったのだから、諸外国の人たちにしてみれば不可思議な国として捉えられたかも知れない。

因みに、マシュー・ペリーを開国に貢献した偉人として捉えるのは、考え直した方が良さそうだ。彼は脅すような姿勢で日本に迫り、滞在中も国際法違反や傍若無人な振る舞いをし、日本の民衆を汚い未開人として扱っている。彼が欲しかったのは「日本を開国に導いた功績」に拠る名誉だけだ。ペリーを”偉人”として歴史教育で扱うのは止めた方が良い。

また図書館へ行かなくちゃ。
ギャラリー
  • 岡山・戦利品
  • 岡山・戦利品
  • 岡山・戦利品
  • 岡山の旅
  • 岡山の旅
  • 岡山の旅
  • 岡山の旅
  • CDを聴く!
  • CDを聴く!
にほんブログ村