「ヴァイオリンを弾き始めた日本人 明治初年、演奏と楽器製作の幕開け/梶野絵奈」読了。

ヴァイオリンは、音を出すのが難しい楽器だ。著者はヴァイオリニストで、三歳から習い始めたそうだが、そういう人がそう仰るのだから、矢張り難しいのだろう。例えば、ピアノなら鍵盤を叩きさえすれば、取り敢えず音は出る。だから何も分からない子どもでも、一応音は出せる。しかしヴァイオリンは、習わねば音は出せない。素人がギコギコやったのでは雑音にしかならない。

明治に至るまで、日本人はヴァイオリンを知らなかった。日本古来の音楽と洋楽とでは、響きが全く違うものらしい。西洋音楽は、それを聴かなければ、鑑賞のための耳が出来ないのだそうだ。日本古来の音律、音響にしか馴染みがなかった日本人にとって、西洋音楽は全く理解不能だったそうだ。
初めは、学校唱歌教育の補助楽器として捉えられたヴァイオリン。オルガンやピアノより携行性に優れ、音も良いヴァイオリンは文部省のお眼鏡にかなった。しかし、習得には指導が必要。お雇い外国人が招聘された。
しかし。ヴァイオリンというのは習得が非常に難しいのだ。自分も、学生時代一度だけ触らせてもらったことがあるが、顎で支えるというのが兎に角つらい。早々にギブアップした経験がある。そういうのを、大の大人が習い覚えるのだ。さぞ大変だっただろう。

それでも、どうにか習い覚えてくると、今度は楽器調達の問題が出てくる。ここで登場するのが楽器製作者だが、一般的には鈴木政吉が始めたと捉えられている。息子の鎮一のスズキ・メソードが有名だから。しかし、その説も信憑性に欠けるのだそうだ。かなり”盛って”あるのだそうで。鈴木政吉は、ヴァイオリンの量産化に成功したので、後世”ヴァイオリンは鈴木”というイメージが定着したに過ぎない。
初めてヴァイオリンを製作したのは”老練なる本邦楽器師”。それが誰なのかについては諸説あるが、結局は決め手になる一次資料が見つからないのだそうだ。

また、楽譜は、最初は輸入するしかなかった。教則本も含めて。しかし輸入楽譜は日本人にとって難しいものだった。五線譜を読める人が居なかったのだ。これも外国人に指導を受けるより他になかった。
これも、日本人による楽譜出版を待たねばならなかった。

たかだか150年一寸で、全く馴染みのなかった西洋音楽を東洋人が習得し、今や国際的に活躍しているという状況は奇跡だろう。明治時代は、西洋に追いつけ追い越せと頑張った時代。それがあるからこそ、現代の状況があるのだろう。邦楽を聴く人は、現代ではあまり居ない。そういうのも、どうなのかなと思うが。

「忘れられた日本人/宮本常一」読み返そう。